見なきゃ身体もとどまらなくてよかったし、空気に喋りかけるみたいな苦労履き違えでした。

ちゃんとした話、人が運動量が違うから動くと言っても動き方を間違えてしまうと正直取り返しがつかないんですよね。
何年かそうで、活動をしないと多分人としての生活は大変なんですけどまさにそれで、結構医者にかかったりしてきりがないとか、塞ぎ込んだりとかして心身から動くのが不可能っていう状態になっていて、周りもよく見たらそんな人ばっかりで驚きを隠しきれず全面に出てるのがそれだけしかないんですけど、こういう状態になった人をこの世は救えますかって普通に思うんですけど、危ないわけなんですよ、状態が自分だけが大変なわけじゃないですか。
人と同じに動こうとしたって無理なんです。
これが自動的に違うなってすばしっこい活動的な人達を見ると自分には動けないなって思うわけなんですよね。
人にとって致命的な箇所が痛すぎて、頑張ってきてしまったなっていうのが理由ですけど、分かっていながら相当痛めたのでその後数年くらい本当に大変です。
多分休んだり従順にしたりして生活していたら治るかするとは思うんですけど、その過程でイライラしてきて治る前に苛立ちと格闘してるんですよね。
無性にやる気を出さないとかなり人らしい活動的なところにはついていけませんからね、風みたいなもんですよ本当は全部。

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